Profile / プロフィール

有島 加花
Kahana Arishima

Hula School Kapuaokalani 東京 田町・三田のフラダンス教室

東京都港区(三田・お台場・品川港南)でフラダンススクール Kapuaokalaniカプアオカラニ)を主宰。

6歳よりモダンバレエを始め、その後、踊りの基礎となるクラシックバレエ、ジャズダンス等を習得。

2001年より、フラダンス及びタヒチアンダンスを始める。

2005年、ハワイから招聘されたダンサーによる日本ツアーに日本人選抜ダンサーとして選出され、10日間にわたる全国ツアーに参加。その後もフラダンサーとして、年間数十回のステージに出演する傍ら、アシスタントとして、運営及び後進の指導にあたる。また、フラコンペティションに参加し、優勝の実績もあり。

2009年より、ハワイ オアフ島カイルアのハラウ(フラスタジオ)、Halau Hula O Pukaikapuaokalani のクムフラ(フラ師匠)、Darcey Moniz に師事。

2011年、日本人として初めて、ハラウを開校する許可を得る。
クムフラよりスタジオ名を Halau Hula O Kapuaokalani と命名され新宿に開校。のちに移転。

同年、お台場ハワイフェスティバルにて、ハワイアンミュージシャンのライブにソロダンサーとしても出演。

現在は、様々な歌手とのオリジナル曲でのコラボなど、「フラを通じて、その歌の想いを伝える」ダンサーとして活動中。

また、フラダンス講師としても、Hulaを通じて、身も心も解きほぐし、皆様が心豊かな人生を送れるようなレッスンを心がけています。

◆私にとってHulaとは◆

Hula is my culture.

Cultureを英和辞書で引くと「教養、洗練、修養、文化、耕作…」等と書かれています。

私にとってHulaとは、そういう意味ではcultureそのものです。

そもそも、ハワイの人たちにとって、Hulaは、踊って楽しむだけのものではありません。

その昔、文字を持たなかったハワイの人たちにとっては、歴史、神話、様々なことを伝えていく手段でした。今でも、私は、新しいHula Songを踊るとき、その表面上の意味だけではなく、それがどの島のどんな場所の踊りなのか、そして、そこに吹く風、降る雨、咲く花の匂いは?等、色々なことを調べます。

それによって、そこの土地に伝わる歴史、神話を勉強したり、ハワイの美しい自然への感謝が深いものになります。

また、そういうことを学ぶことによって、自分の国である日本の歴史、神話にも興味を持ち、日本の自然の大切さを改めて感じるようにもなりました。

例えば、フラソングで歌われている花々はたくさんありますが、よく、愛おしい人に例えられます。

あまりにも美しい美しいと歌われるので、見ても美しく、匂いもとてもいいものばかりがこんなにハワイにはあるのかと、フラダンスを習いたての頃は思っていました。

確かにそういう花も多いですが、実はほとんど匂いもしない、歩いていたら見過ごしてしまいそうな小さな花々について歌われていることも実は多いのです。

つまり、ハワイの人々は、そういう、小さな花でさえも、とても大切にしているということなのです。幼いころから、雑草の花を可愛いな~っと座り込んで見ていた私にとっては、とても共感できる価値観でした。

降り注ぐ雨にも、時には強く吹く風にも、それぞれに固有名詞をつけたりして、とても大切にリスペクトされています。

そういう昔から大切にされてきたものを、心をこめて踊り、その大切さを伝えていくこと、それが、日本のことも大切にすることにつながること、それが、飽きっぽい私が、どっぷりHulaという世界につかってしまった理由だと思います。

皆様も、ぜひこの世界をのぞきに来てみませんか!

◆Hulaをやっていてよかったエピソード◆

子供のころからモダンバレエをおけいこ事として習っていました。なぜ、クラシックバレエでなかったかというと、手足が短く、ぽっちゃりとしていて、素敵な衣装が似合わなかったからです。しかも、運動神経ゼロ。跳び箱も飛べず、逆上がりもできません。そんな私の小学校の卒業文集に書いた夢は「バレエの先生になること」。

その後、受験だ、就職だとなって、踊ることから離れても、結局は才能もないのに、踊ることが忘れられませんでした。

そんな中、たまたま始めたフラダンス。Hulaは、自然の美しさを表現することも多いため、祖母の影響もあり山、森、海などの自然が大好きな私にとって、最高の自己表現手段との出逢いとなりました。

その後、ハワイに行き、オアフ島の都市部からちょっと離れた山でさえ、日本の奥深い山のような植物の多さに感銘を受け、また、ハワイでクム(フラの先生)と出会い、直接指導を受けることで、完全にどっぷりはまってしまいました。

そして、私の「踊り」に厳しかった母。幼いころから発表会でも私は笑えず、「それじゃ、見ている人も楽しくないでしょ」とよく言われていました。でも、笑えない。

それが、Hulaを始めた途端、皆さんに言われた言葉が、「どうしたらそんなに楽しそうに踊れるの?」。私は、踊りはともかく、笑顔を振りまけるダンサーになっていました。それは、大好きな自然などを、大好きな踊りで全身で表現できる喜びから出た、自然な笑顔でした。

一方、仕事も忙しく、何年たっても私のステージを見に来てくれなかった母。その母が、ある日、デイケアセンターでの小さなイベントを見に来てくれました。
その母が、私のHulaを見て流してくれた涙、「よかったよ、よかったよ・・・」と繰り返すのが精いっぱい。

私は今でも、くじけそうになった時、あの時の母を思い出し、踊り続けています。

 


☆ カプアオカラニ
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